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親子の形

Netflixに入会した理由の一つに、『ギルモア・ガールズ』を観たいというのがあった。

 

ギルモア・ガールズ 〈ファースト・シーズン〉 [DVD]

ギルモア・ガールズ 〈ファースト・シーズン〉 [DVD]

 

読書が好きで優等生の娘と、その母親の物語。

読書好きな登場人物が出てくるというだけで惹かれるし、ネットでも評判がよかったので、観てみたいと思っていた。

 

いざ観てみると・・・苦手。

確かに娘のローリーは読書が好きで美しくて優等生。母親のローレライはそんな娘のために疎遠になっていた両親にお金の援助を頼みに行く。

2人は仲がよくてお互いに1番の相談相手になっている。

 

だけど、2人は私が苦手な「友達親子」なのだ。

「友達親子」とはその名の通り、友達のように接する親子のことで、ローレライとローリーはまさにこれに当てはまる。

ローレライはローリーが勉強を一生懸命がんばっているのにアイスを食べにいこうと誘うし、ローリーはローレライの服を勝手に着たりする。

親子以上の結びつきと親友のようなべったり感に、いささかうんざりする。

更に、祖母、つまりローレライの母親も2人の生活に過度に干渉してくるようになる。

うんざりに輪をかけてうんざりする。

 

先日テレビを観ていたら、ある女性タレントが娘の習い事に自分も参加し、ショッピングで互いの服を選び、勉強も付きっきりで相手していた。

母親として娘に対する干渉が行きすぎているように感じた。

 こちらも観ていてうんざりした。

 

私も母親とは仲が良い方だけど、ここまでべったりではない。

母は私の友達関係に口を出してこないし、生活にも干渉してこない。

 

たとえ親子でも一線を引かないといけない部分があると思う。

親は親、子は子という個々のものだ。

 

だけど、この関係を否定はすれど、批判する権利は誰にもないと思う。

それぞれの家庭の事情があったり、親子の形はみんな一緒じゃなくてもいいと思うからだ。

 

私は「友達親子」が苦手でも、それを批判する気は無い。

ただ『ギルモア・ガールズ』はもう観ないだろうなと思う。

今週のマンガ

今週紹介するマンガは、柏木ハルコ『健康で文化的な最低限度の生活』。

 

 ドラマ化もされた、「生活保護」をテーマにしたマンガ。

主人公の義経えみるは、福祉保健部生活課に配属されたばかりの一公務員。

昔から空気が読めない、人の話を聞かないところがあるえみるは、福祉のことを何も知らない自分が福祉課に配属されたことに戸惑う。

配属された初日から担当させられる「生活保護」のケースの数に驚きつつ、その1つ1つの世帯と関わっていくことになる。

 

生活保護」を受ける人たちは多種多様だ。

働くことができない人、シングルマザー、病気を抱えている人。

中には、本当に必要なのかどうか疑う人もいる。

だからこそ、一人一人に向き合っていかないといけない。

 

生活保護」という重いテーマを扱っているので、内容も重め。

だけど、決して他人事ではない。

いつか自分が、または周りの人が「生活保護」を必要する時が来るかもしれないので、勉強のつもりで読んでいこうと思う。

「好き」は身を助く

ここ最近鬱々とした日々を送っていた。

特に昨日はもう全てにうんざりし、初めて今の職場のトイレで泣いた。

 

私は容姿を含め自分に自信がないので、人一倍愛想よくするという技を身につけざるをえなかった。

常に笑顔を保ち、元気よく挨拶をし、言われたことはすぐ行動に移す。

とにかく愛想よく振る舞うことで自分を守っていた。

 

しかしそんな生活を続けていると正直疲れる。

笑いたくないのに笑って、返してもらえない人にも挨拶をして。

そして容姿のいい人たちを羨んだり、誰にも評価されないことに落ち込んだり、小さな傷をたくさん作る生活に限界を感じていた。

 

昨日はそれらがピークに達し、「もう辞めようかな。生きてるのも辛い」となり、暗い気持ちで家に帰った。

久しぶりに「死にたい」という気持ちにどっぷり浸かってしまった。

 

いつも通りブログをアップし、「死にたい」ループのままAmazon Prime Videoを開いた。

何か元気になれるものを・・・と探していると、それはあった。

 

Amazon Prime Videoビデオナイト。

オーシャンズ8』。

オーシャンズ 8(字幕版)

オーシャンズ 8(字幕版)

 

 観たかった映画が期間限定でレンタル100円。

それを見つけた途端、「死にたい」ループからあっさり抜け出した。

これを観られるならもうちょっとだけがんばれる。

 

そして、観た。

めちゃくちゃおもしろかった。

強くてかっこよくて美しい女性たちによる究極の「騙し」映画。

それぞれ生まれも育ちも人種も性格も仕事も何もかもバラバラなメンバー。

だけど1つの目的のためにそれぞれの個性や特技を生かす場面はかっこいい。

元気とパワーをもらった。

 

つくづく「好き」なものがあってよかったと思う。

映画が好きでよかった。

まだ辛いけど、もうちょっとがんばれる。

 

「好き」は自分を助けてくれる。守ってくれる。

だから私は「好き」がある限り、がんばれると思う。

 

Amazon Prime Videoありがとう。

私、まだ生きられるよ。

 

 

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つながりたくて

こだま『夫のちんぽが入らない』を読んだ感想です。

 

以下ネタバレあり。

 

夫のちんぽが入らない (講談社文庫)

夫のちんぽが入らない (講談社文庫)

 

 

タイトルも衝撃的だが、中身はもっと衝撃的だ。

 

著者は大学に通うため、田舎から地方都市に出る。

双葉荘という古いアパートに入居した初日、男の人に声を掛けられる。

その人はなぜか堂々としていて、まるで古くからの知り合いのように著者に接する。

著者もそれが嫌ではなく、ほどなくして2人は付き合うことになる。

そして、いざそういう行為に及ぼうとした時、驚愕の事実が2人に襲いかかる。

入らないのだ。

2人はあれこれ試してみるけど、どうがんばっても入らない。

理由がわからないまま大学を卒業し、それぞれ教師となり、結婚をする。

しかし、入らない。

その現実だけがいつまでも変わらずそこにある。

 

こんな風に書くと、性的な苦しみの話かと思うが、そうではない。

著者を苦しめるのは、「自分への自信のなさ」だ。

赴任した学校で学級崩壊が起きた時も、夫と性行為ができないことも全て自分が悪いと責め続けている。

子どもたちとも夫ともつながれない自分は欠陥があるのではないかと苦しむ。

自暴自棄になってみたりするけれど、結局は自分を苦しめるだけだ。

 

さらに自分を苦しめるのは、誰にも相談できないということだ。

家族にも、友人にも、同僚にも著者は自分の悩みを相談できない。

返ってくる答えが怖くて、やっぱり自分が悪いのだと改めて思い知らされたくなくて、そしてその悩みが恥ずかしいことのような気がして、誰にも相談できない。

 

夫を愛しているのに。その人の子どもを産みたいと思うのに。

何もできない自分にまた苦しめられていく。

 

苦しみの連鎖の中で、著者は一人戦っているのだ。

 

夫は著者を愛している。その行為ができなくても一緒にいたいと思ってくれる。

その人のために自分は何を返すことができるのか、その答えは出ないままだ。

 

この本は元は同人誌という形で出たらしいのだが、反響があり、私小説として出版された。

そして、世の中には著者と同じ悩みを抱えている人が実はいたのだ。

著者は本を出したことにより、やっと誰かとつながれたのだと思う。

 

心はつながっているというのは簡単だ。

だけど、本当につながりを求めたい時、人はどうすればいいのか。

その答えがわからなくても、理解してくれる人はいる。

それが、著者のこだまという人だと思う。

 

不器用な人の、不器用な人生。

そこにあるのは苦しみと悲しみだけではないと思う。

そう信じさせてくれるのがこの本だ。

 

学級崩壊の部分では胸が苦しくなり、夫の子どもを産みたくても産めない部分では切なくなる。

でも、なぜかところどころくすりと笑えるのだ。

その笑える部分があるからこの本を読み切ることができた。

 

この本の後に出たエッセイもおもしろかった。

maruttomimikichi.hatenadiary.jp

 

この人の魅せ方はすごい。

読んでいると引き込まれていく。

悲しい話や苦しい話もどこかに希望がある。

 

これからも読んでいきたい。

奨学金返還で知っておくといいこと

高校生と大学生の時、うちはとても貧乏だった。

電気代の支払いが間に合わず、電気を止められたこともある。

あれ、急に止められるからびっくりする。

 

なので、当然の流れのように奨学金を借りていた。

大学に行きたかったし、高卒で働ける気がしなかった。

おかげで、大学で資格を取り、今の仕事に就けている。

 

奨学金は当然ながら返さなくてはならない。

大学卒業と同時に莫大な借金を背負い、今も細々と返している。

この生活がしばらく続くだろう。

 

奨学金を返す際に知っておいた方がいいことが2つある。

 

1つは、「減額返還」。

毎月返還する額が決まっているのだが、その全てを返還することが困難な時に使うことができる

半額にすることができる「2分の1返還」と、半額でも難しい時に使える「3分の1返還」がある。

どちらも適用期間があるものの、全額返還が難しい時に使えるので、知っておくと心強い。

 

もう1つは、「返還期限猶予」。

こちらは奨学金の返還が困難で、半額も3分の1も難しい時に使うことができる。

ただし、あくまでも「猶予」なので、元の金額が変動することはない。

返還期間を延期することができるというだけなので、気をつけたい。

こちらも適用期間あり。

 

どちらも知らずに延滞すると大変なことになる。

詳しくはサイトのリンクを貼っておくので参考にしてほしい。

www.jasso.go.jp

 

奨学金は借りないに越したことはないが、私のようにどうしても借りてしまう人もいるだろう。

返還するぞと意気込んでも、経済的な困難だったり、病気になってしまったり、なかなか返還できない人もいるかもしれない。

そんな時、上記の2つを知っておくとすごく便利だ。

実際、私は体調を崩して働けなかった時、これらの制度を利用した。

 

返還はすごく苦しい。

でも何も知らずにいるよりは、こういう制度を知っておいた方が少しは心の負担も減らせると思う。

 

一人じゃないよ。

大変だけど、がんばって生きていこう。

 

 

お金について勉強したい人はこちらもおすすめ。

maruttomimikichi.hatenadiary.jp

 相談者さんの中に奨学金を返還している人がいるので、参考になるかも。

 

お金について学んで、心の負担を減らしていこう。

ミニマリストに憧れていた

一時期ミニマリストに憧れていた。

限られた物を大切にして、ミニマムに過ごす。

色んな人のブログやツイッターを見て、私もやってみようと思った。

 

そう思ったのは、精神的に疲弊していた時期だった。

物で溢れかえった部屋を見て、このままではいけないと思い、まず断捨離をした。

とにかくいらないものをバシバシ捨てて、必要なものは別にして。

その作業を3日間行った。

貴重な休日全てをそれに当てた。

 

ミニマリストは最小限の物で生活する、と思った私は、必要なものだと判断した物も更に判別することにした。

結果、服と本とマンガをいくつか処分した。

 

スッキリした部屋を見て、私は満足していた。

これからは生活もミニマムにしていくぞ。

そう決心し、物欲とさよならした。

 

物欲が戻ってきたのは、ここ最近だ。

服は最低限で過ごしていたけど、それだとワンパターンのコーディネートしかできず、味気なく感じ始めた。

安くて可愛い通販サイトを見つけてから一気に服を買った。

必要かどうか関係ない。欲しいと思ったから買ったのだ。

 

本とマンガも断捨離前より増えている。増え続けている。

これらがなくては私の生活は成り立たないと気づいたのだ。

電子化が進んでいても、やっぱり私は紙の本とマンガが好きだ。

部屋の大部分を占めていても幸せを感じる。

 

結局私はミニマリストになれなかった。

もちろん、本家の人たちから見たら、私が目指していたものなどミニマリストの風上にも置けないかもしれない。

でも私は目指していたのだ。強く憧れていたのだ。

 

物欲は年齢を重ねるごとに増えていく。

きっとこれからも私の部屋には物が溢れ続けるだろう。

でも断捨離した部屋で過ごしていた時期より、今の方が幸せなのだ。

幸せのためなら、物を増やしていったっていいじゃないか。

 

今日も私は自分の財布と相談しながら、物を増やす。

しばらくはミニマリストへの憧れとさよならする。

幸せのために今日も生きていく。

隣に寄り添う存在

藤崎彩織『読書間奏文』を読んだ感想です。

 

読書間奏文

読書間奏文

 

 「SEKAI NO OWARI」でピアノ演奏とライブ演出を担当している藤崎彩織のエッセイ。

「本」にまつわるエッセイで、著者の日常と「本」をリンクさせて書かれている。

 

ウイスキーが好きだという内容なら、村上春樹の『もし僕らのことばがウィスキーであったなら』。

妊娠してからの葛藤を書いた内容なら、小川洋子の『妊娠カレンダー』。

 

著者にとって「本」は常に隣に寄り添う存在だ。

精神的に不安定な時、気持ちを言葉にできない時、音楽活動に行き詰まった時。

いつも隣に本はあった。

彼女にとって日常と「本」は切っても切れない関係だ。

 

女性としての苦しみも、アーティストとしての苦しみも誰もがわかるものではないと思う。

仲間がいても、家族がいても、孤独を感じることがある。

そんな彼女を「本」が支えてくれる。

 

このエッセイ、すごく読みやすい。

著者の文がするすると頭に入ってくる。

彼女を支えてくれる本の数々を読みたいと思う。

 

私にとっての「本」も自分を支えてくれる存在だ。

だから読む。読み続ける。