理系×文系
向井湘吾『リケイ文芸同盟』を読んだ。
以下ネタバレあり。
数値ができないものが苦手で、純粋な理系人間、桐生蒼太は出版社に編集者として勤めている。
担当は、「夏木出版・かがく文庫編集部」。
これまでの知識を生かせる職場で充実した日々を送っていたが、「文芸編集部」に異動になる。
理系で生きてきた桐生にとって、文芸は未知の領域だった。
しかし、大学からの腐れ縁で同じ職場の営業担当、嵐田と過去のデータや売り上げを数値化し、統計を取ることで「売れる本」を作るため奮闘する。
理系×文系の物語。
数学を愛する男が文芸を担当するようになり、出版社の慣習に異を唱えていく。
情熱だけで本は売れるのか、データを読み解くことは本を作ることに必要ないのか。
様々な葛藤を続けながら、自分なりの文芸編集としてのやり方を模索していく。
私が好きな場面は、桐生の同僚の鴨宮さんが編集を目指すきっかけになった話をするところ。
東日本大震災で被害にあい、父親を亡くした女性に出会い、彼女を1冊の本が支えていたと聞き、
「あたしは小説の持つ力を、そのとき初めて知りました。たかがフィクションかもしれません。それでも、誰かの生きる力になりえるなら・・・あたしも作りたい。誰かの生支えになるような本を、作りたい。そう思ったんです。」
鴨宮さんのように本を作ることに情熱を持ってくれる人がいるから、私たちは本を読むことができるのだ。
新しい世界を知ることができるのだ。
それでもその情熱だけではどうにもできないことがあると、この小説は突きつけてくる。
現実はもっとシビアで、自分の作りたい本を作るというのは簡単なことではない。
場面場面はとてもいいのだけど、全体的に何か腑に落ちないものがある。
桐生が自分の目標を達成できるわけではないし、人間関係もなんだか中途半端。
現実味がある終わりだけど、なんだか物足りない。
おもしろいけど、おしかった小説という感じ。