松井玲奈という『カモフラージュ』
松井玲奈と聞いて思い浮かべるのは、アイドル、女優、電車が好き。
そこに新たに加わったのが、「作家」だ。
芸能人が書いた小説と侮るなかれ。
松井玲奈『カモフラージュ』は平成最後の1冊にふさわしい、珠玉の短編集だ。
以下ネタバレあり。
1冊に6編収録されていて、そのどれもに「食べ物」が出てくる。
「ハンドメイド」では手作りのお弁当。
「ジャム」ではいちごジャム。
「いとうちゃん」では明太子スパゲティ。
「完熟」では桃。
「リアルタイム・インテンション」では鍋。
「拭っても、拭っても」では餃子。
どの食べ物も物語に大きく関わってくる。
そしてこの短編集のすごいところは、どれもが一筋縄ではいかないところだ。
「ハンドメイド」は、恋人がいる男性とダラダラと関係を続けてしまう女性を。
「ジャム」は、大人が幾人にも見えてしまう「ぼく」を。
「いとうちゃん」は、『不思議の国のアリス』に憧れてメイド喫茶で働く女性を。
「完熟」は、少年の頃の強烈な印象を受けて狂ったフェティシズムを持った男とその妻を。
「リアルタイム・インテンション」は、「本音ダシ鍋」を食し、それぞれの本音が飛び出してしまう動画配信チャンネルの男性3人組を。
「拭っても、拭っても」は、潔癖症の元彼に影響されて潔癖症になってしまった女性を。
そのどれもを見事に描ききっている。
どれも先の展開が読めず、ページをめくる手が止まらなくなる。
それぞれが恋愛、ホラーなど描くジャンルもバラバラ。
一人称だったり、三人称だったり、書き方もバラバラ。
本当にこれが作家としてのデビューなら、松井玲奈という人の頭の中はどうなっているのだろうか。
先に挙げた、アイドル、女優、電車が好きというのはこの「作家」という姿を隠すための『カモフラージュ』なのではと疑ってしまうほどに、この本は完成されていた。
私はすっかり彼女の書く文章に魅了されてしまった。
中でも、「いとうちゃん」は自分の理想と現実の間に揺れ動く女性の姿を書いた傑作だと思う。
等身大の女性の、ありのままの自分を受け入れられない自分の虚しさ、寂しさ、苦しさ。
読みながら思うのだ。これは私の姿でもあるかもしれないと。
読書をする上で、その物語に共感できるかどうか、というのは大きな割合を占めていると思う。
私は、「いとうちゃん」に共感した。
私がハマった「いとうちゃん」にハマらなくても、他の物語にはハマるかもしれない。
それくらい、バラエティに富んだ短編集だ。
あなたも松井玲奈という『カモフラージュ』に魅了されてみてはいかがだろうか。
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